• 専業主婦を否定しても子育ての問題は解決しない

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    産経新聞が『仙谷氏「専業主婦は病気」と問題発言か 本人は「記憶にない」と釈明』という見出しの記事を掲載し、それを池田信夫さんが『保守の劣化』というブログ記事で批判しておられます。

    漢字の読み間違いを国会で質問するような馬鹿なまねよりはまっとうな指摘だと思いますが、それはさておき。

    産経も大概ですが、私幼ヘッドラインの元記事を読む限り、仙石氏の歴史認識も大概です。専業主婦そのものは江戸時代から既に存在し、専ら家政にあたっていました。ただし、戦後の一時期のように結婚すれば誰もが専業主婦であったわけではなく、上級武士、都市部の富裕層に限られた現象であっただけにすぎません。また都市部における専業主婦は大正時代には既によく見られたものであり、別段戦後の特権ではありません。ただ国民の大部分が農業に従事しており、相対的に数が少なかったというだけの問題です。女性の社会進出が取りざたされた時代に専業主婦が増えるという現象には面白いものがあるのですが、ここでは置いておきます。

    さて、専業主婦を戦後社会の病理とするのは百歩譲って構わないとしても、「働く女性が結婚し、働きながら子供を産み、働きながら家庭を運営し、子育てをするという普通に行われてきた女性の環境」とはどこの国のどの時代のことを言ってるのか、彼自身わかっていないようです。まるでそんな環境がかつてはあったかのようなものいいですが、それこそサヨクに特徴的な「解放女性」に対する幻想であり、農家に嫁いだ私の祖母(もう亡くなって久しいですが)に言わせれば「貧乏だっただけだ」と笑い飛ばされてしまう言辞です。磯野さんちのフネさんだって、まさしくその戦後、東京に移ってからは内職をしながらカツオやワカメを育てていたわけで(そういえば最後は朝日新聞に連載されていましたね)、およそ専業主婦だったから働いていなかったというのも、これまたただの幻想です。定職についていなかったら働いていないとみなすとは、なんと貧困な労働観であることか。

    誰だってあくせく労働しながら子育てするより優雅にお茶しながら子供の面倒を見たいに決まっています。磯野さんちのフネさんだって東京に引っ越してくる前はそんな生活でした。既婚女性の憧れがそこにあるのは、VERYLEE, GISELe などの雑誌が売れていることからも理解できます。一時期流行ったシロガネーゼなどというのもそうですね。現実に専業主婦が雑誌に掲載されているような優雅でおしゃれな存在であったことは、一部の富裕層を除いてなかったわけですが、まさにその幻想をあおるようなことを仙石氏は言ってるわけで、そんな貧困な婚姻観、労働観しかない人間の言説に喜んで耳を傾けるなど私としては正気の沙汰とも思えません。子供を取り巻く環境も都市化の進展と共同体の解体とともに捉えればむしろ必然ともいえる変化を専業主婦問題という存在しない問題に還元し、豊かさの実現とともに現れた子供の学力の低下を保育の問題に矮小化するに至っては、彼が結局は社会運動家であり、政治家ではないのだという事実を裏付けするだけのことに見えます。

    このような婚姻観、労働観が工業社会の発展と共に擡頭してきたのは改めて述べるまでもありませんが、日本において工業化がもたらした現状を何も変えずに「主婦」の「子育て」だけ取り上げて問題化するというところに仙石氏や菅氏の本質的な危うさがあります。それは存在したことがなかった工業化以前の「主婦」のありようや「子育て」に対する幻想への回帰に端的に表れていると言えるでしょう。工業化の進展とともに都市部へ人口が集中し、伝統的な村落共同体が解体されるとともに、表面上は「会社」がその共同体を補完するかのように従業員を組織したことが問題の出発点です。日本の「会社」は利害を共にするという意味では村落共同体に通じるところがありましたが、婚姻女性や子供を本来的に包摂できないという点でカタワの共同体でもあります。そのため、男は「会社」という共同体モドキに属することで仕事に邁進し、子供は「学校」という会社モドキに属することで家から自由になってしまい、社会の基本単位である家庭が「会社」「学校」と「居住地」に分裂してしまいました。これが、今日に続く、家庭の機能不全(婚姻や子育て、教育の問題)の元凶です。それが一部都市民の問題に留まっているうちは社会全体にとって大きな問題とはなりえなかったのですが、戦後高度経済成長を経てバブルを迎え、経済的に成熟してしまった今、都市民が国家の多数を占めることによって、その破綻がクローズアップされるようになったのだと言えます。戦前は、家父長制がその矛盾をある程度押さえ込んでいたと言えないこともないのですが、大した資産があるわけでもない都市民にとって家父長制とは笑止といった程度の問題で、だからこそ大正時代、それまでにない女性の社会進出が行われたのです。もちろんそこにあるはずの「共同体」への参加欲求がその原動力にあったのは言うまでもありません。しかし家庭が「会社」「学校」と「居住地」に分断されたままという問題はそのまま残り続け、今に至ります。一時期もてはやされたキャリアウーマンというものもその本質的な部分は女性の社会進出を謳った戦前の女性解放運動と何ら変わることはなく、また同じ失望感とともに同様に挫折してしまったのも当然のことなのです。しかしだからといって、家庭を解体してしまえばよいかというと、そんな暴論はサヨクには通じても、社会を運営するという観点からは絶対に認められません。家庭という婚姻過程は工業化以前から存在する社会の重大要素であり、単なるイデオロギーで解体することは不可能であり、強制的にそれを行っても社会、集団自体が不健全化するということは、多くのカルト、あるいはヤマギシ会の実践を見ても明らかです。一夫一婦制に取って代わり、会社における生産過程を包摂し、実現が可能な家庭像が提示できない限りは、現実の家庭と折り合いをつけていかざるをえないでしょう。その意味では分断された家庭の分裂度合いを最小限に押さえ込むという、今現在他国が当たり前に行っている施策は一考の価値があります。というよりむしろそうするより外に今のところ手だてはありません。ところが政府は財界に首根っこを押さえられていてそれを言い出せません。労働組合ですらこの点では権益集団化して財界に同調していますから、民主党にはもっと不可能です。他国では当たり前の、一日八時間労働の実質施行がなぜ一部の企業だけの特権になっているのでしょうか。本当はそこに搾取があるのになぜマスコミはそう指摘しないのでしょうか。それはこの搾取が一部の労働者による大多数の労働者からの搾取でもあるからです。そしてその基盤にはもはや無意味となりはてた共同体としての「会社」の権益を守ろうとする労働者自身の手による働きがあります。問題の根は非常に深いところにあるのです。

    子育てが専業主婦や保育の矮小な問題ではないことは、国家の行く末を見据える上では当然すぎるほど当然のことですが、女性をよいしょするだけでそれが解決するはずはありません。「子ども家庭省」を作るというのは全く何もしないよりも遙かにましですが、確固たる政治観のないままに行政機関だけ作ったところで何ほどのことができるでしょう。単に役人の数を増やして厚生労働省や文科省と似たようなことをやるだけになってしまいかねません。記事の発端になった幼稚園情報センター 私幼ヘッドラインも仙石氏に批判的なのは当然すぎるほど当然です。

    ところで産経の見出しですが、扇情的であることは確かであるにしてもその手法は自民時代と何ら変わりありません。マスコミの代わり映えしない手法を今更問題視しても仕方ありません。日本の新聞をクオリティペーパーだと見なすから憤慨するのであって、単なるイエローペーパーの煽り記事だと思えばそんなものかという程度のことです。実際、日本にはイエローペーパー、イエローメディアしかありませんしね。池田氏が指摘する通り、産経だけの問題ではありません。また、記事の内容については仙石氏の女性観、労働観が端的に表れていてむしろよろしいのではないでしょうか。結局、仙石氏に現状を打開する政策が期待できないという点は変わりませんし、三歳になったら子供同士で育ち合っていく環境を作れば子供は健全に育つような主張も、その根拠が語られず、具体的な施策が「こども園」しかないのでは現実性がありません。大体、三歳というものオムツが取れる年齢だという事実以上のものはありません。この点を鑑みれば民主党が「こども園」案を強行するようなことがあれば、むしろ国民は物理的に敵対すべきでしょう。

    以上のような点を議論せずにただイデオロギーでひとまとめにしてあれこれ言うのは、仙石氏や現政権の問題点や危うさを覆い隠すことにしかならないと私は考えます。

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    • 専業主婦が悪いという責任のもって行き方にならないのは当然ですが、

      「工業化社会に入る前は女性は家事労働もし、(男女で)共同作業をしていたが、戦後の一時期、分業体制が固定化されすぎていた」と持論を展開。

      この部分は、私は仙谷氏の言うことに賛成します。戦前までは、大多数の世帯は農家か個人自営業、家族は拡大家族で、女性は家業に参加し地域社会と密接なつながりがあったけれど、都市への人口移動とムラ社会共同体の崩壊から会社共同体の出現で、おっしゃるように女性は核家族の中に閉じ込もって社会から孤立し取り残されてしまったと思います。逆の少数派はワーカー・ホリックで、こちらが男性と違うのは、結婚もできず家庭も家族も持てないことになるのがほとんどです。おばあ様のおっしゃるように、昔は貧乏で労働は大変でも、全人的にはもっとバランスのとれた成熟した女性が多かったかもしれません。産経のヘッドラインは仙谷氏の言というより、記事の筆者自身の女性観の投影かもしれませんね。

      一方、1980年代、おそらくバブルに向かいつつある時で、成人女性の80%は何らかの形で就労していたという記述をみたことがあります。単純作業、非正規労働者としての雇用の調節弁ですね。それ以上の職は、景気のよい時期でもほとんどなかった。
      「収入に結びつかない労働を無視というのは貧相な労働観」は、理念としては立派なのですが、現実には無償労働で女性は搾取され易い立場であることには変わらず、それなら搾取されないよう自立できるようにするのではなく、自立させないで保護、他の点での優遇というアメで釣るのが、日本社会の行き方ですね。結果は、より一層の専業主婦志向、少子化と、相変わらずの母子家庭の貧困、家庭崩壊、そして逆差別の出現です。この差別により自立を妨げ、アメ(優遇、特権)とムチ(差別の温存)で頭をなでておけ、というのは、問題を一層複雑化して来たように感じます。部落民問題、在日問題も同根だと思っています。特に在日問題は、差別を温存したまま、温情主義を装い、ちょろっとアメ(特別永住権、生活保護取得のしきいの低さ)でごまかそうとするから、頑固なまでの同化拒否、日本社会への不信感、今日の外交も含めた禍根を招いているのだと思います。単純に物事を公平にすれば、ずっと簡単に済む話だと思うのですが、日本人の多数派は、そうはしたくないんですよね。社会全体の問題で、政治家や企業や一部の労働者のせいだけにするのは、ちょっと酷なような・・・

      それとも情報の非対称性で、被搾取側が気がつかないということでしょうか?

    • 意外なことに、戦前も今の人間が想像するより遙かに核家族が多かったとの統計があります。大正9年の時点で全世帯数の54%と半分を超えてるんです。平成12年で58%ですからさほど変わっていないと言えます。多世代家族が減った分は、単身家族が増えているんです (参考: (コラム)核家族はいつの時代から存在したか)。それと本質的にはやはり日本という国そのものが貧しかったというのが理由として大きいと思っています。総出で働かないと食っていけなかった。農作業では女性こそが生産の隠れた主力です。富山のかかあ天下だけが有名になっていますが、何、いつの時代も女性というのは案外強かなものですよ。私の祖母は鹿児島生まれの鹿児島育ちで鹿児島で嫁いだのですが、確かに祖父を立てて後ろに控えていたものの、うまく操縦してたようです。私が直接見聞きしたわけではないので、確言はできませんけど。(笑)
      そういう意味で各所で見られる「昔は良かった」論は一部正しいものの、もう前提条件やら何やらが間違ってたりして年寄りのノスタルジー以外の意味を持ってないと思うんですよ。

      それとひとつ訂正を。私は「収入に結びつかない労働を…」とは言ってませんよ。「定職ではない労働」ですね。内職、賃仕事を家計の足しにしていたのですから、いわゆる家事労働の類とはちょっと違います。もちろん搾取されやすい立場だったというのはその通りです。このあたりは議論し出すとかなり長くなるのですが、少なくとも社会に出て男に互してガンガン仕事をしようという女性はいつの時代も少数派でしたし、今後本当の意味で男女同権が成立しても、やはり少数派のままだと思いますよ。

      部落民問題と在日朝鮮人・韓国人問題は、すでに権益団体が存在していたという点で少し問題の質が異なります。在日朝鮮人・韓国人問題と歴史的な背景のある部落民差別はやはり異なります。いずれ項目を立てて書こうと思っているのですが、在日の問題は元々彼ら自身に問題が多かった点を踏まえなくてはなりません。日本人だろうと朝鮮人だろうとごろつきをまともに扱う人はいませんでしょ? 歴史的にはまずそういう問題が先行していたのですね。まあ敗戦でゴネ得を許してしまったのが間違いというか、GHQがしくじったツケを延々と払わされているわけですが。

      最後に、ええとこれは私の書き方がよくなかったせいですが、私も政治家や企業や一部の労働者のせいだけにするのは間違いだと思います。社会問題のやっかいな点は、一方だけを責めてすむ問題ではないという点ですよね。共働き女性が抱える問題は、子供を預ける場所としての保育所もそうですが、何より今大多数の日本人が受け入れている「社畜」価値観の方が問題です。私事より仕事が優先、仕事の決定は絶対事項、徹夜してでも納期にあわせるという価値観は、元来一部商売人の価値観に過ぎなかったのであり、明治になって学校教育が普及するまでは大多数の日本人は誰もそんな価値観で仕事をしていなかったのです。これを日本人の気質とするのはよくある大嘘ですね。まあ戦後の復興はこの価値観が遺憾なく発揮された結果だという議論も見かけますが、昔のサラリーマンだって好き放題やってただけで、プロジェクトXなんかではさも身命をなげうって使命を全うしたような美談に仕立て上げられていましたが、要は好きなことに夢中になってただけのことです。一方では、営業サボって休憩どころか、昼食時に昼酒呑んだり、親を何度も殺して仕事を休んだり(笑)、気に入らないことがあればぷいと辞めて次の会社へ移ったり、今の方が余程真面目なものです。植木等とクレイジーキャッツの映画や森重久弥の社長シリーズなんかご覧になれば当時のサラリーマンがどう世間に思われていたか偲ばれるかと。まあそんな扱いにくい人より、若いうちから生え抜きを育てて幹部として配置した方が企業としてもやりやすいし、昔からの商家の習慣としても馴染んでいたわけで、もともと新卒一括採用と年功序列はそんな扱いにくい労働者への対抗策だったわけです。戦前、戦後すぐの労働者って、マジ権利主張が半端ないですから。
      それはともかく、私は現代にあっても女性の社会進出を阻んでいるのは、もちろん保育所の問題が喫緊の課題であることを踏まえた上で、その「社畜」価値観にあると思っています。男なみに働くということは現在大多数の男性が強いられている長時間労働を担うという意味になってしまい、そりゃ子育てする時間など取れはしません。子供の世話をしなくちゃいけないからと定時で帰り、子供が熱を出したといっては休み、学校に呼ばれたといっては遅刻してくる女性を世の男性の多くはどう思ってますか? 建前はとりつくろっているでしょうけど、本音は急に休まれたり時間に縛りがある結果しわ寄せがきて迷惑がっているじゃないですか。それが問題だし、そう思わせる労働慣行がまた問題なんです。一部大企業労働者の権益になっていると書いたのは、彼らの仕事の都合に合わせて大多数の中小企業の労働者の仕事が決められてしまうという現実があるからです。お客様なんぞ神様は神様でも疫病神でしかないことに大概気がつくべきだと思うんですけどね。
      極論ですが、一日八時間以上仕事をしたら罰金、残業させたら管理職・経営者は懲役とか法律で決めたら、すぐ誰もやらなくなると思いますよ。そして、女性が安心して働ける受け皿を用意すれば、それで充分日本は回っていくんです。

    • Mzch様、
      丁寧なご返答をいただき、どうもありがとうございました。大正時代に既に現在とさほど違わないほど、核家族が普及していたとは全然知りませんでした。お教えいただいて、どうもありがとうございます。

      >要は好きなことに夢中になって・・営業サボって休憩どころか、昼食時に昼酒呑んだり、親を何度も殺して仕事を休んだり(笑)、気に入らないことがあればぷいと辞めて次の会社へ移ったり、今の方が余程真面目なものです。
      そういう野生のバイタリティーというか自由闊達さが蘇って欲しいような気もします。共同体から孤立した核家族で、亭主は元気で留守、自分の子供にだけ集中している母親と一緒だと、そういう野生の自由児が育まれにくくなりますよ。

      >いつの時代も女性というのは案外強かなものですよ。
      女性は男性の異性に認められたいという本能を上手に利用して、いつもしたたかなものです。罹病率は男性より高くて病気がちと言えますが、全般に男性より長生きですし、個体発生上も女性が原型で、男性の形質はその段階を経て発現されます。自然出生率は男性の方が高く、幼児死亡率も男性の方が高く、成人した男女比がだいたい同じになるよう、人類はもともとプログラムされているので、生物学的には明らかに女性の方がしぶとく生存する能力が高いようです(笑)。

      朝鮮半島は日本と違って歴史的な背景から、朝鮮人が日本人とは倫理観等異なること、日本は敗戦したので、そのときに流入してきた朝鮮人に対して権限がなかったため、「GHQがしくじったツケを延々と払わされている」はその通りだと思うのですが、どうして米国が去ったあと修正できなかったのでしょうね?現実に朝鮮半島には帰りたくない程、日本の方が居心地が良いのですから、日本に対して肯定的な考えを持ってくれるようにうまく処遇していれば、逆に現在の半島との摩擦の解消に、一役買ってくれているぐらいになっていたかもしれないのに・・

      >何より今大多数の日本人が受け入れている「社畜」価値観の方が問題です。
      これは本当にそう思います。私が子供の頃、通勤電車のラッシュアワーというのは、郊外で朝7時半から8時半、夕方6時~7時頃で、終電の疲れ果てた社蓄の群れなんて無かったように思います。失われた10年だか20年だかで、労働環境が悪化しているとしか思えません。

      >極論ですが、一日八時間以上仕事をしたら罰金、残業させたら管理職・経営者は懲役とか法律で決めたら、すぐ誰もやらなくなると思いますよ。そして、女性が安心して働ける受け皿を用意すれば、それで充分日本は回っていくんです。
      これいいですね。以前の職場で(去年ですが)、米国なんですが、40代後半か50代前半で、十代の子供二人がある事務職系の女性がいて、ご主人が病気になって、その当時彼女が一家の養い手になっていたようです。お母さんは二次大戦後イギリスからアメリカに渡って来た戦争花嫁で、高齢になったので引き取り同居、年上の子供は、小さい時に熱性疾患か周産期異常かで、学習障害児という家族構成で、このご時勢で当時の職もいつまでアテになるかわからないから、プロモーションに役立つんじゃないかと言って、何年かかけてパートで大学で勉強し、修士号まで取ったりされてました。ご主人の医者通いや学習障害児のお子さんのことで不規則出勤とか、しょっちゅう学校に電話をかけたり、ときにはそのお子さんを連れて出勤したりされてました。デキル人で、とにかく必要なことが彼女の働きでちゃんちゃんと滞りなく運ぶので、誰も文句を言う人はおらず、むしろ積極的にサポートしよう状態でした。重要な働き手として認識されていたのだと思います(vice administrative officer)。日本だったら職場にいられず、生活保護になりかねないです。

      用もないのに無理やり残業したり、家族が急病になっても職場に縛り付けられるとか、日本はこの点確かに異常で、男女にかかわらず、効率もやる気も削いでますね。

    • この記事をトラック・バックされている池田信夫氏の「保守の劣化」コメント#20をとても興味深く拝見いたしました。池田先生のブログの主旨からどんどん外れて行くものの、こちらのブログ主さまのコメントと拝察しますので、さらにご教示いただければ幸いです。
      ちゃんと勉強したわけではなくて、聞き・読みかじりなので、間違っていたらご指摘下さい。
      江戸幕府は儒教的価値観を啓蒙していたと思うのですが、もちろん支配階級の武士に対してがメインとはいえ、その影響は庶民にも広く及んでいたように思います。
      士農工商で2番目に高い身分は農民で、これは名字帯刀を許された分限者の大庄屋、庄屋、また郷士レベルから、本百姓、小作人まであり、小作人には財産はありません。しかし財産のある家では基本的に家父長制だったのではないかと思います。このうち小作が圧倒的多数だとすると、仰るとおりで農民には家父長制は無縁ということになります。
      一方、江戸時代の華やかな文化の担い手は町人だと思うのですが、町人は、商家だと身分制では最下層、その代り儒教的縛りを免れた自由な存在だったと思うのです。自営業のスモール・ビジネスで、ものづくりの工人だと、町人でもやはり家父長制を採用していたのではないでしょうか。女性の有名な工人とか、芸術家のような人(歌舞伎の発祥とか、遊女のような一部エンターテイメントは除く)は、日本にはありませんよね。ビジネスもある程度規模が大きくなって組織化する必要が出てくると、やはり秩序維持のために家父長制を採用しているのではないかと。日本人の精神的なバックグラウンドは、伝統的に儒教と仏教(仏教の定義では、女性は人間ですらなく、仏陀は女性の入門を許したときに、これで仏法は500年早く滅びるだろうとまで言ったそうです)に加えて、土着の祖霊崇拝・アニミズム(神道)があるのではないでしょうか?
      明治政府は山野を移動して暮らす人や、アイヌのような少数派を定住させ、戸籍と家父長制を日本の隅々にまで広めたのではないかと思います。江戸時代まではあった女性の財産権を奪ったので、明治時代に日本の女性の権利が法的、制度上最低になり、それが終戦まで続いたのではないかと考えています。

    • 仰る通り江戸幕府は儒教、その中でも朱子学を啓蒙しており、その影響が庶民に全く及んでいなかったかといえば、そんなことはなく、その点は仰る通りだと思います。ただ家父長制という点では、庄屋・郷士あたりはあるいは浸透していたかも知れませんが、圧倒的多数を占める本百姓、小作については実質的な影響がなかったとされています。本百姓の土地は、転売不可が定められていましたから厳密には財産といえません。さらに耕作権は座が仕切っていました。もちろん裏道はあって「質」に入れることはできたのですが、元本を返せば何十年後であっても取り戻せるという近代の売買の観念からはかけ離れたものであり、財産の管理者としての家父長は存在し得なかったのです。また、嫁取り婿取り跡取りに座の同意が必要だったことから、家族の支配権も実質的には持っていなかったことがわかります。

      さて町人ですが、これも儒教的家父長制とは無縁でして、たとえば大阪の大店では主人には何の権限もなく、主人の娘を娶った大番頭がすべてを取り仕切るのが慣例でしたし、職人が男ばかりなのは、仰る通りむしろ仏教思想の影響かと。ただ「家」を継ぐのが男ばかりであったのは、武士階級の模倣であり、武士が跡取りを男に限定していたのは戦のためで、儒教云々は後付けです。また、農民の跡取りも男ばかりであったのは、家父長制はあまり関係ありません。それこそ戦国時代、室町時代からの伝統で、男を戦に駆り出すためにそうしていた(女を跡取りとしていると男を隠されてもわからないからです)に過ぎません。

      一方で仏教の影響は無視できません。何しろ日本の女性蔑視の根源は仏教にありますからね。日本の仏教は中国を経て伝来していますから、儒教的価値観が混入していたことは確かです。先祖礼拝、1周忌や3周忌といった観念、服喪などは典型ですが、ただ元々日本にも先祖を祀る風習はあったので、どこまで儒教に根源を辿れるかは微妙です。

      家父長制についてはむしろ明治に入ってからの明治政府の指導が大きかったでしょう。これに工業化に伴う離農、都市への人口集中が拍車をかけたのでしょうが、実態はというと元コメントでも指摘した通り、モボだのモガだのデカダンスといった風潮は、家父長制への反抗というより、家父長制が実態として機能していなかったがゆえに生じたものと見るのが妥当です。

      明治の時代は、江戸時代の下級武士であった層がリーダーでしたので、その倫理が前面に出た法整備がなされたわけで、旧民法の「家」制度もそれに由来するのですが、「家」を戸長が統率し、財産を管理するというのは、実は「家禄」「家産」がないとあまり意味がない制度でして、実態もそれに見合ったものだったと思っています。旧民法が女性の財産権を否定したのも、武士階級で家禄をもらえるのは男だけでしたから、それをそのまま適用しただけで、法的には仰る通り女性の権利は戦後になるまでむしろ下がっていたのですが、大多数の庶民にはあまり関係がない世界だったのではないでしょうか。赤松啓介の研究に詳しいですが、夜這いの風習は戦後まで残っていましたから、その一時を以てしても、儒教倫理が日本人の伝統的な本質ではなかったことがわかると思います。庶民の自由恋愛だって江戸時代からあったわけですから、儒教が日本人の精神性の原風景にあるというのは、ちょっと無理があるのではないでしょうか。

    • 再び詳細なご返信をありがとうございます。興味深く拝読させていただきました。
      さらに疑問が沸いて来てるんですが、
      連座制の伝統は共産主義的で、これが、1980年代までにソビエト本家や中国をよそ目に、現実世界で当時最も成功したといわれる社会主義国家日本の原点なのでしょうね。
      >家父長制が実態として機能していなかった
      >大多数の庶民にはあまり関係がない世界
      う~ん、この辺どうも複雑な心境です。
      近代の繁栄以前の世界では、パイが小さくて、庶民の貧困はなみなみならず、「女性」がというより、財産などない庶民に、大変な暮らしをしていた人が多かったということになるのでしょうか。
      明治政府は法律を定めて普及したわけですから、ちょろちょろ土着の風習が顔を出したとしても、生活に及ぼす影響は多大だったのではないでしょうか。
      母が小さな子供のときに見聞きしたことなので、信憑性がどの程度かわからないのですが、
      近所に娘二人を育てて、思春期になると売り飛ばして親は働かずに暮らしている家があり、娘二人とも病気にかかって(おそらく梅毒と結核)実家に戻され、二十歳になるやなるずで死んだとか、悪徳医師がいて、若い娘を看護婦兼愛人にして複数囲って、うどん屋(売春宿?)をさせていたとか、戦前の話を聞かされたことがあるんですね。その母の実家は何がしかの財産があったそうですが、母の父は一人っ子で(つまり私の祖父で、曾祖母は出産の際に亡くなった。曽祖父は大変な愛妻家で再婚しなかった)、子供達(つまり私の叔父叔母)が成人する前に事故で急死しました。その時は戦後にもかかわらず、成人男子が家にいなくなると代々引き継いできたはずの家財産は保てず、みんな人手に渡ってしまうことになる結果になってしまうみたいですね。そのほかにも戦前は夫の側にだけ離婚権があり、某所で遊んでもらった性病を妻にうつして、不妊になったからと言っては一方的に離縁したり、「気ままで結構自由な暮らし」の町人の話と違って、悲惨な目に合わされる女性の話を聞くには事欠かないです。それから比べると、確かに戦後になって女性の社会的地位は格段に改善されたと思わざるを得ません。
      欧米では、ボーボワールは女性を「マージナルな存在」と言い、「人に非ず」の仏教思想とは出発点からして違いますね。どうも欧米人というのは男女関係も『闘争』みたいで、女性解放の捉え方自体が、日本とは違うような気がします。「人に非ず」の別の側面は「神格化」にも結びつくので、女性にあらぬ理想を描くのも、日本人の女性観の特徴のような気がします。無敵を誇った山田長政が女性刺客にいとも簡単に毒殺されたり、認知症だったそうなのでこんなことを言ってはいけないのでしょうが、安岡正篤氏が最晩年、細木数子などに手玉に取られてしまうのも、そのような背景からかと。

    • 連座制が共産主義的というのは、ムラの結束の強さの裏返しなので、仰る通りだと思います。いつの時代も国を発展させるのは、個人のスタンドプレーではなく、全体の底上げを行えるチームワークの強さですから。

      法で定めた家父長制の影響が大きかったとのことですが、子細に拝見しますと家父長制というより、虐待のような…(^^;)
      親が子を遊郭などへ売り飛ばすというのは、貧しい暮らしの上に飢饉が襲ってきて養えなくなってしまいやむを得ずという事情が多かったので、ご指摘の例はそれとは異なり、まあ現代でも見られる虐待ではないかと。昔の人の方が子供を可愛がって育ててたなどというのも年寄りの都合のよい幻想で、現代と変わらないどころか表沙汰にならないだけで現代より様々な虐待が多かったと主張する学者もいます。家父長制が廃止された現代でも虐待が止まないように、それは問題点が異なるように思います。

      そういえば「貧乏人の子沢山」という言葉がありますが、本当に貧乏なら子供を育てられるわけがないので、これも幻想です。実際、堕胎や間引きも行われていましたし、産まれても現代と異なり衛生環境がよくなかった時代ということもあり、子供は病気や事故でよく死んでました。戦前の平均寿命が短かったのは子供がたくさん死んでいたからでもあります。もちろん大正、昭和に進むにつれ、「産めよ育てよ」(を主導したのは軍部だったりするんですよね。人口が少なくて兵の確保に苦労してたので) が浸透して堕胎、間引きの例は少なくなってきますが、代わりに里子や養子が増えていきます。昭和の始め、東北地方で歴史的な冷害があったのですが、この時も多くの女の子が遊郭に売られています。餓死者が大量に出たくらいですから、親はそれよりマシと思ったのでしょうが、政府はこれといって有効な対策を打てず、商人はこれを好機と米の買い占めに走る始末。これに対する義憤が、2.26事件の遠因となっています。決して子供が生きやすい時代ではなかったのです。

      昔のお医者さんというと地域の名士であり、庶民とはいえないですよ。収入も全然違いましたし。裕福な男がお妾さんを囲うのは、今も昔も変わりません。いや、今は囲う経済力がない男でも愛人を作ったりしますから、そういう意味では現代の方が質が悪いとも言えます。何せ子供ができたりしようものなら堕ろさせるは産まれても認知しないわ、もちろん経済的な援助もなしとくれば極悪ですね。

      お祖父様の財産のお話は、まさしく家父長制の問題点ですね。家父長が不在になると資産の管理権が宙に浮いてしまうため、仰るような事態が起こります。しかしその例は、家代々の資産がある時点で庶民といえないのでは。

      離婚権が男の側にだけあったというのは、厳密に言いますと戸長にだけ権限があったと言うべきですが、核家族では通常、夫が戸長でしたから、余り変わりはありませんね。一方、そうではない、夫も妻も離婚を嫌がっているのに戸長である舅もしくは姑が離婚させてしまった事例も少なからずあります。子供が生まれないということが離婚理由に多かったので、仰る通りと言うしかありません。悪所に通えるということは都会暮らしでしょうから、昔の人の都会モノには気を許すなという言葉だけは当たっているのでしょうか (^^;) 。それはともかく、農村でも子供が生まれなかったら離縁されたのは変わりませんが、家父長制と関連づけるのはちょっと強引すぎると私は考えています。嫁取りという婚姻形態そのものが父系を基本とする家族制から発したのは確かですが、何事にせよムラの合意が基本にある社会で家父長の権限だけをクローズアップするのは問題とする点が違うと思うからです。それは都会でも同じです。町内会があり隣近所との密接な交流があって初めて生活が可能であった庶民に、家父長の専権がどこまで許されたでしょうか。大いに疑問であると言わざるをえません。庶民の場合、嫁といってもどこか遠いところから親が迎えるのではなく、近所の世話役に見合いを世話してもらったり、あるいは恋愛結婚でも近所の顔見知りということが多かった時代です。離婚とはその相手の家族や世話してくれた人の顔に泥を塗る行為であったし、そういうことは昔の方がやかましかったのですから。

      「気ままで結構自由な暮らし」とはまあどの観点から庶民の生活を見るか、という問題ですから何とも言えませんが、味噌醤油や米の貸し借りに象徴される「宵越しの金は持ない」貧しさと表裏一体といいますか、持たざる者であるからこその自由でもあるわけで、現代の感覚で自由と評するのは現代人の身勝手だと私は思っています。また、女性問題を論じる際に注意しなくてはならないのは、それが社会全体の問題であるのか、一部富裕層に特有の問題であるのか過去の論客は切り分けを行わなかったという点にあります。騒いでいるのは金持ちやその取り巻きだけで、庶民とは縁のない世界の話というのが往々にしてあったからです。加えて、女性の社会的地位が戦後になってから向上したことに異論はありませんが、それは戦後、社会全体が豊かになって誰しもが分け前を手にすることができるようになった、つまり大なり小なり資産を手にできるようになったからこそ初めて社会問題化され、実現への端緒がついたという点は押さえておくべきだと思います。

      欧米の女性解放運動が闘争的なのは、ウーマンリブがアメリカで出発したからではないでしょうか。アメリカ開拓 (ネイティブからすれば侵略以外の何ものでもないですが) は闘争の歴史であり、自らの生活は自分の足で切り開き、戦って勝ち取るものという気風がアメリカの根底にあります。西ヨーロッパは基本的に階級社会であり、極めて保守的差別的な側面があります。女性解放運動は階級闘争的な側面を持つがゆえに、なおさら闘争的にならざるを得ないという点を忘れてはならないと思います。日本の女性差別については、過去はともかくとして、現在はどうなんでしょうね。平塚らいてうが聞けばまだそんなところでもたついているのかと怒りそうでもあるし、与謝野晶子が聞いたら自主独立の気概がないと目をつり上げて怒りそうな主張がまかり通る昨今の事情を鑑みるに、女性蔑視、何それおいしいの? という感想を持ってしまうんですが。過去の女性差別については蔑視が根本にあり、蔑視は侮りを産みますから逆にいいように弄ばれる男がいたのではないでしょうか。

    • 再びご教示ありがとうございました。ひとつひとつなるほどという感じです。
      >それが社会全体の問題であるのか、一部富裕層に特有の問題であるのか過去の論客は切り分けを行わなかったという点にあります。騒いでいるのは金持ちやその取り巻きだけで、庶民とは縁のない世界の話というのが往々にしてあったからです。
      これは大変鋭いご指摘と伺いました。女性問題について声を上げた女性達は、当時読み書きできる教育があったので、既に大多数とはかけ離れた存在だったでしょうね。
      家父長制も女性問題も、日本ではむしろ少数派である富裕層の問題というわけですね。そのように考えてみたことはありませんでした。
      まあでも、人身売買であるセックス産業の従事者というのは、富裕層よりそうでない層の問題だと思うのですが。男性を労奴か何かとして売り買いするという話は、山椒大夫の時代まで遡らないと無いような・・・
      いずれにしても現在イスラム圏にまだ残る、すさまじい女性の虐待というのは日本にはないですね。顔に硫酸かけて二目と見られなくするとか。
      最近では雑誌のタイムに、浮気ではなく、家父長とその息子である夫に言われたとおりの行動をしなかったからという理由で、その家の嫁で、耳と鼻を削がれた、現在はシェルターで保護されている若いアフガン女性の写真が表紙になりましたね(山につれて行かれて、私刑を受けたのち、そのまま死ぬだろうと現場に放置された。痛みのために失神したが、出血により喉が詰まって咳き込み、喘いだために息を吹き返し、逃げてシェルターにたどり着いた)。
      “石打ちの刑”も「身持ちが悪い」と裁定された女性に対して現在も行われることがあるようですが、これも残虐そのものです。よほどうまくツボに命中しない限りすぐには死ねませんから、長時間かかって苦しみぬいて死ぬことになるのだろうと思います。
      日本人は穏やかな民族ですよ(日本の外にはこういう連中もウヨウヨしてるから、いい加減平和ボケはやめて、国防を考えて欲しいと思うわけです)。
      どうもヘンな話になってしまってすみません。この辺で止めにします。
      ところで、青鞜運動は、『アタマのおかしい奇矯な女達』で片付けられてしまって、世間の人は社会問題としては捉えておらず、政治運動としては何の成果も上がらなかった様な気がするのですが。青鞜社は出版活動、文学活動が評価されているのではないでしょうか。
      GHQのお陰で、戦後になって始めて、社会運動家や政治家として平塚雷鳥や市川房江が認識されたのでは?

      >女性蔑視、何それおいしいの?
      は、今も昔も一緒のようです。

    • 戦前、性産業に従事していた女性は、下層というか庶民の子女ですね。吉原というと今の人は江戸初期、花魁のイメージに騙されている人も多く、大正、昭和の赤線と呼ばれていた頃の悲惨さがピンと来ないようなのですが、無理がたたって結核にかかり、親元に送り返されるもの、送り返すことができなくてロクに食事を取ることもできず、衰弱死していった女性たちが多かったことはあまり知られていないようです。女工哀史なんかは有名ですのにね。

      現在のイスラム圏には原理主義が幅をきかせている国がいくつかありますから、そういう国の女性は本当に大変だと思います。ただ、宗教がからむまさしく異文化の価値観を我々の価値観から一方的に非難することは、いたずらに対立を生むだけなので、慎重を期す必要があります。なぜそうなのかは、コーランを紐解いてみないと理解の端緒も得られないのではないでしょうか。

      青鞜が婦人運動に果たした役割はあまり考えなくてもよいと私も思います。政治運動としては新婦人協会の設立以降に盛んになるので。ただ、女性のための文芸サロンとして機能したことは確かであり、先進的な女性をらいてうの元に集める働きをしました。

    • 花魁の華やかなイメージですか。
      これは私にとってはナゾなのですが、花魁道中の栄誉を勝ち取れたのは一番の売れっ子だけなのと、あの衣装は20キロほどもある重たい物で、あれを着て高下駄履いて歩くのは相当たいへんだったでしょうね。密室に閉じこもって夜働く花魁の寿命は、なんと二十歳程度だったそうです。
      その一方で、彼女らだけが庶民出身にもかかわらず、支配階層の女性のように、読み書き、和歌、そしてエンターテイナーとして歌舞音曲は当然のたしなみと、教育が授けられたのですね。
      私の目には、表の世界から隔離されている夜の蝶の女性の身づくろい、教養の内容は、明治だと最上流の貴族や、それ以前だと、大奥の女性などとの共通項が多いように見えるのです。
      実社会で労働に従事しなければならない女性は、良妻賢母だのとその価値が持ち上げられて語られる一方、上流女性は庶民の眼に触れない存在で、遊女に対しては蔑みの目で見るよう、社会全体が方向付けられているのですね。中ははずして、上下の奇妙な符合、ここがナゾです。
      戦前の赤線の女性は、人身売買でも、綺麗な着物を着ておいしい物が食べられる、売れっ子になれれば、かなりのお金を稼げることもあるというので、農作業したり家で貧乏するより遊女になりたいという少女もいたでしょうし、女工哀史では不器用なのに無理やり精密な手作業を要求されて、役に立たないとなると、折檻・虐待されて死んでしまう娘がいた一方、紡績作業に向いた娘は、室内の仕事で、優等工女は褒賞金までもらって家に仕送りをし、ささやかでも自分の楽しみに使える余分なお金が持てて、実家で屋外で泥だらけになって重労働の農作業の上、貧乏一辺倒の暮らしより、女工するほうがよっぽどマシという娘もいたでしょうね。
      生糸と、国外に売られて行って売春した女性の力を主力として、日本は外貨蓄積を行ったのではなかったではないでしょうか。ところが女性の働きによる国への貢献が認めらて感謝されたり、その地位が上がることはついにありませんでした。女性の差別という観念そのものが沸きにくいのが日本のようです。
      しつこいですが、在日の問題もそうです。差別はありますよ。朝鮮人は日本人とはちがう歴史・文化背景なので(共通項もかなりありますけどね)、日本人の目から見たら彼らが悪いことになるのはもちろんですし、逆も真なりですよ。
      >宗教がからむまさしく異文化の価値観を我々の価値観から一方的に非難することは、いたずらに対立を生むだけなので、慎重を期す必要があります。
      本当にその通りです。私達にはその特定の背景による価値観という偏見のレンズを通してしか物事を見ることが出来ません。その文化・価値観の世界の中にないものは、存在すら感知できないのです。私は異文化、異民族の相手を理解できると思うこと自体が思い上がりなのではないかと思っています。理解なんかしなくてもいいから、どうやってこちらが痛い目に合わないようにするか、先方にも不当な不利益を出させて反感を持たれたり戦争になったりしないよう、うまく付き合うか考えることです。
      しかし、偏見のレンズ(ethnocentricity)をはずすことは不可能でも、今度は逆に、それを捨て去ってしまう、つまり文化・価値観のバックグラウンドが崩れてしまう、アイデンティティーを喪失してしまうと、混沌、無秩序に陥ってしまい、再び秩序を取り戻して発展、繁栄する道に戻ることは、極めて困難になります。
      戦争に負けたり、負けなくとも戦火で国土が荒れ果てたり、異民族に征服されたり、国が分裂したり植民地化されたりする、あるいは自虐史観で自らアイデンティティーを捨てたりするということは、この混沌に陥る危険が格段に増大することだと思っています。バルカン、アフリカ、中東のある国々など、もっと小さい規模では、米国におけるアメリカインディアンや黒人の貧困者の状況は、その悲惨を雄弁に物語っているのではないでしょうか。

    • mzchさんは、ものをよくご存知のようなので、日頃の疑問(というより改めて気づきましたが、抑圧された意識下の感情、怨念に近いですね ^_^; )を思う存分ぶつけられるか、と勝手に勘違いして長々と書き込んでしまいましたが、どうも、へきえきさせてしまったようなので、誠に申し訳ありませんでした。自分自身の気づきも含めて大変勉強になりました。忍耐強くお付き合いいただいて、どうもありがとうございました。

    • いやいや。ちょっと私事でばたばたしてて纏まった時間が取れなかっただけですので、気になさらないでもう少しお待ち頂ければありがたいかなと。

    • 私事は一段落しましたので、もしまだご覧になっていらっしゃればおつきあい下さい。

      昔から「男は上淫を好み女は下淫を好む」と言いますから、花魁がまさに社会上層部の装いを真似るのは当然のことでしょう。女郎という言葉自体、上﨟がなまったものと言われていますし、花魁道中で太夫に簦をさすのは、本来女御、更衣、大臣にだけ許された特権で、大名といえどもやれば罰を受けた振る舞いです。江戸初期の吉原は上級武士や大富豪を上客として相手にしていましたから、彼らの教養と見栄を満足させる相手でないと大金を積む意義を見いだしてくれなかったのだと思います。これが江戸後期へ入ると、羽振りが良いのは商人ばかりで武士は倹約一方となりますので、自然遊女の方も格が下がり、事実、太夫・格子と呼ばれた上級の遊女は姿を消します。この辺りの事情は故隆慶一郎氏の「吉原御免状」がよく調べられて書かれている上に筋立ても面白いという一読の価値のある一品になっています。

      さてそのような遊女を蔑む風習ですが、私は浅学にして原因を知らないのですが、推測するところでは明治になるまで、あるいは明治になっても庶民の女性にそのような価値観を持つ人はいなかったのではないでしょうか。もちろん亭主が通うのを快く許したはずはありませんが、それは浮気を嫌うからであり、遊女を蔑んでいたからではありません。率直に言って女性の中でも遊女や売春婦をことさら蔑む価値観はキリスト教に特有の価値観であり、明治になって他の様々な価値観とともに移入されたものだと思われます。貧しさのあまり岡場所に身を沈めたり、夜鷹となって体を売るしかなかった女性を、しかも貧乏長屋では往々にしてお隣さんがそうなったりするわけで、とりわけ蔑む必然性はなかったでしょう。下手をすれば明日は我が身なのですから。コミュニティ内での交友関係のどろどろはあったでしょうけど。第一、遊女を蔑むのが一般的な価値観であれば、大名や上級武士が吉原の遊女を身請けして囲ったり、商人が妻に迎えたりなどできなかったはずですが、現実は逆でした。

      今の日本の豊かさは、幼少の頃高度経済成長を経験した私からして信じられないほどの水準にあります。もちろん個別で見れば貧困がなくなったわけではないのですが、日本人全体が貧しいなどと言えば笑いものになるのが落ちでしょう。それくらい高水準にあります。翻って昭和以前の貧しさというものが現代に生きる我々には想像もつかないほど過酷なものであったことが容易に想像できます。江戸っ子は宵越しの金を持たねえなどといきんでみても、実態は「持てない」が事実だったのです。飢饉になると農民がばたばたと死んで一揆が頻発してたのは、生活水準がそのレベルにあったことを表すのであって、貯蓄など庶民には縁のないシロモノでした。強盗しないと近隣全ての村が全滅するとなれば普段いくら大人しくてもそりゃ蜂起するでしょう。それくらいの「貧しさ」です。

      それが明治に入ってお金が稼げる、親兄弟を養ってあげられる(もちろん可能性の話ですが)となれば、喜んで遊郭で働いたり、工場勤めをする女性もいたに違いありません。もちろんみんながみんなではありませんよ。女は嫁に行って子を産み育てるのが当たり前すぎて誰も異を唱えるどころか疑問にすら思っていなかった時代のことです。江戸時代は身請けされて嫁入りする遊女も少なくなかったのですが、昭和の頃には賤業視する風潮も広がる中、遊郭行きはその結婚の可能性を狭めるのですから文字通り「身を堕とす」と感じた女性もまた多かったでしょう。仰る通り、そういう女性の悲哀の上にも今の日本があることは議論の余地がありません。私は戦争慰安婦を云々するなら、まずもって日本の名もないそういう女性たちの働きを顕彰すべきだと思いますが、どういうわけか高名なフェミニストは誰もそんなことを言い出しませんね。まさしくキリスト教価値観に基づく賤業観から忌避しているのだと思われます。韓国や中国の女性なら声高に言えるのは日本人じゃないからでしかありません。自分は別なわけですね。

      なお、からゆきさんも貧しさが根本にあったことは言うまでもありませんが、現代のように個人が手軽に利用できる国際送金の手段もなかった時代です。彼女たちが日本の経済発展にどれほど寄与したかは疑問が残るでしょう。

      >しつこいですが、在日の問題もそうです。差別はありますよ。
      いや、私は差別がないと言ったつもりはないのですが…価値観の対立が根本にありますから、これを解消することは極めて困難であると思っています。そして、仰る通り自分と異なる価値観を理解できる人は世間でも思われているよりも遙かに少数です。基本的にいないと言ってよいでしょう。なので、その価値観の対立を解消すべく努力するというのは不毛な努力です。本来はもっと現実的に、対立があると認めた上で利害を調整することが求められているのですが、私権社会では誰もが欲張りですから、完全に公平な調整ができるはずもありません。ゆえに火種は常に燻り続けます。私が大量移民に反対の立場なのは、日本の行政にその調整能力がないからです。現代日本人自体にないと言ってもよいかも知れません。そして、能力がないから対立が現実的な紛争にならないようにするためには、相手に譲るしかありません。で、その結果が今の日中関係、日韓関係です。在日韓国人/朝鮮人の問題もこじれる一方で事態を打開する見通しは立っていません。

      逆説的に聞こえるかも知れませんが、今の日本に調整能力がないのは、確たる価値観が存在しないからだとも言えます。マッカーサーは日本人の精神年齢は12歳だと言いましたが、降伏した相手に忠実であったのは潔さという美徳であり、妥協を重ねつつも生き残りを図るしぶとさという知恵でもあったのですが、砦育ちの強硬派であった彼にはそれが理解できなかったのだと思います。生き延びるための屈従であり、一時的な辛抱であったはずのその姿勢は、しかし、戦後サヨク一辺倒となったマスコミと教育者によって歪められてしまいました。いえマスコミや教育者だけにその罪をきせるのは公平ではありません。企業人、労働者、みんなこぞって傾いてしまい、結果、それが習い性になってしまいました。1960年に当時の首相であった岸信介は、戦前軍費が国を疲弊させていたことをよくわかっていました。だからアメリカにただ乗りできる条約を締結したのですが、これに対する反発は生やさしいものではありませんでした。かつての敵国に庇護を願うなど国辱ものだ!…という勇ましい理屈ではなく、東西冷戦という現実の中、理想の共産主義に仇なすアメリカ帝国主義に屈するとは何事ぞ! というわけです。自虐史観とはその文脈を押さえた上で理解しないと、単なる敗者の自己否定で思考が停止してしまいます。樺美智子を悲劇のヒロインに仕立て上げ、安保闘争、全共闘運動を聖戦視する「戦後世代」(もちろん団塊の世代を含みます) が自らの正当性を死守するために反共産主義を徹底弾圧し、戦前の歴史を徹底的にこき下ろすことで当時の政治権力の正当性を否定するために作り出されたものが自虐史観というものです。しかし自己の歴史を根こそぎ否定してしまい、荒廃した不毛の地のような精神的土壌から堅固な価値観が産まれるでしょうか。今現実にそうなっているように借り物の薄っぺらい、根っ子のない価値観とはとても呼べない脆弱な理屈が跋扈するばかりです。これがまだ日本が貧しかった時代はとにかく経済的に豊かになることが優先されましたからあまり表に出ることはありませんでした。闘争世代は拝金主義と批判しましたがそれしかないのですから仕方ありません。しかし皮肉なことに、70年安保を分水嶺として日本は基本的な豊かさを達成してしまいます。そうなると拝金主義は退場し、途端に価値観の喪失が露呈しました。マスコミは価値観の多様化などとごまかし報道を続け、それを真に受ける人が多くいましたが、何のことはない。戦後世代の自己正当化に都合の悪い価値観以外が排除され続けた結果、拠り所にするものが何もかもなくなってしまっていただけです。頼みの共産主義は経済の力に勝てずあっという間に崩壊し、今では論ずる人もいない始末。政治家が小粒になったなどと訳知り顔で講釈を垂れる老害がいますが、それが自分たちの合わせ鏡であることに気づきもしない無責任さです。日本が再び戦火に襲われないための安保条約なのに、「教え子を再び戦場に送るな!」のスローガンのもと反対を続けた日教組など、失笑を通り越してその頭脳を疑うべきでした。

      日本は「戦前」の人材のおかげで再び戦禍を被ることなく経済成長を成し遂げましたが、「戦後」の人材のせいで凋落しようとしていると言えるかも知れません。

      • mzch様、
        再び丁寧なご返答をいただき、ありがとうございました。それじゃと言っては何ですが、早速お言葉に甘えさせていただきます。

        江戸初期の遊女の話については、疑問が一つ解けました。ご本の紹介もありがとうございます。紀伊国屋にでも頼んで取り寄せてみます。
        遊女を蔑む価値観が、明治以降のキリスト教文化からの輸入というのは、なるほどと思いました。聖書の記述からすると、ユダヤ人あるいは中東全体に昔からそういう価値観があって、ヨーロッパに広がったのかもしれないですね。
        そう言えば、筋骨隆々たる男性美とか、女性が男性より着飾る文化も明治以降の欧米からの輸入ですね。

        >喜んで遊郭で働いたり、工場勤めをする女性もいたに違いありません。<
        手元に実際の本が無いので、記憶違いなのかもしれませんが、からゆきさんが、相当外貨を稼いだというのは、山崎朋子氏の「サンダカン八番娼館」で読んだように記憶してます。
        http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%80%E3%82%AB%E3%83%B3%E5%85%AB%E7%95%AA%E5%A8%BC%E9%A4%A8-%E6%96%87%E6%98%A5%E6%96%87%E5%BA%AB-%E5%B1%B1%E5%B4%8E-%E6%9C%8B%E5%AD%90/dp/4167147084/ref=sr_1_2?s=books&ie=UTF8&qid=1294714561&sr=1-2
        家族のために志願して娼婦になって、送金して家族を支えたあげく、帰国すると、そのために働いた自分の家族にまで、賤業に従事したと、激しく差別される女性の話が伝記的ドキュメンタリーとして描かれています。

        >日本の名もないそういう女性たちの働き<
        女性も含めて、自己主張しないのが日本の文化ですね。これは変えてゆくべきだと思ってます。米国で観察してると、同じ東アジア人でも、概して、中国人や韓国人の方が、日本人に比べて社交的で自己主張が上手なようです。上手な自己主張というのも、練習しないとできるようにならないですね。
        >どういうわけか高名なフェミニストは誰もそんなことを言い出しませんね。<
        なぜなんでしょうね?おっしゃるように、自分は違うと思ってるんでしょうかね?「バターン死の行進」でも似たような印象を受けるんですが、外国人から見たらとんでもない虐待レベルのことが、日本では当然のように受け止められていたとか。
        とは言っても、先の大戦は、虚脱するほどのひどい体験だったので、開戦前に戦争を熱狂的に支持したことには健忘症になってしまって、開戦の原因は軍部の暴走で片付け、戦争の2文字には感情的に反応するだけ、という、心理的リアクションを起こす結果になったのでしょうか。
        にしても体育会系のしごきとか、会社によっては新人研修という名目で、特に不況が長引いて状況が厳しくなって来ると、今でも似たようなことは結構ありますね。こういう集団の縛りで、そこから少しでもはずれる個人を徹底的に攻撃するのは、韓国人にもあるように思います。両者の文化的類似点のように思っています。

        ところで、在日問題は日本における難民・移民問題ではないでしょうか。朝鮮民族を日本に受け入れて、複数民族国家になれば良いと思うのですが。もちろん特別永住権など廃止です。民族を殲滅するのではなくて、日本国民として守るべき規範(価値観)を、「明文化して」法律で定め(この線からは絶対譲れないという限界の設定)、その部分に反する人は国外退去にすればいいだけです。そのかわり、日本国民なのですから、一切の入学、就職の差別をやめることです。それをある点では日本国民より優遇するかわりに、他方では差別の温存をするから、いつまでたってもややこしく問題を引きずるのではないでしょうか?半島の二国のみが相手でも60年以上解決しないのですから、無差別にもっと多国籍化したら、確かに収拾がつかなくなるでしょうね。社会秩序を守る価値観は、主権国家として当然国民全体が共有して守り、それ以外のことでは信仰の自由のように、個人の自由の範囲にまかせたらどうかと思うのです。民族別に生活コミュニティーが分かれる傾向にあっても、社会秩序を維持する部分が共有されれば問題にはならないと考えます(ただし警察など、公権力の行使は、治安・秩序維持のために強化する必要があります)。
        もちろん朝鮮学校等の民族学校については、個人の内心の自由の行使なのですから、公費による補助など、特定の民族国家の文化教育だけを優遇するようなことは、日本国のするべきことではありません。朝鮮民族は韓国と北朝鮮という民族自決した独立国家がすでに存在しているので、日本国が彼らの文化保存のために特に骨折る必要は無いのです。

        >今の日本に調整能力がないのは、確たる価値観が存在しないからだとも言えます。マッカーサーは日本人の精神年齢は12歳だと言いましたが、・・・生き延びるための屈従であり、一時的な辛抱であったはずのその姿勢がそのままになってしまう<
        のは、日本人に原理原則の考え方に欠けるところがあるからなのかもしれないですね。
        自虐史観が共産主義を絡めた米ソ冷戦と関連しているとは知りませんでした。
        ソ連、中共のような独裁政権は、軍国主義時代の日本の全体主義と極めて近く、それには、ほとほと懲りたはずの日本人が、戦後そういう共産主義国に理想を夢見ていたというのは皮肉なものです。
        でもマスコミとか、当時多感な青年で影響され易かった団塊世代以外、そんなものを本気で信望してる人は逆に庶民の中にはいないような気もするのですが、どうなんでしょうね?その団塊世代のなかの一部の洗脳されている層が、社会の指導的立場にいることが、現在の問題なような気が・・

        全くの根拠レスなんですが、
        言語化されない、つまり自覚されていない「日本的価値観」というのがあって、我々のなかに脈々と底流として流れてるような感覚があるんですね。あんまり悲観するようなことは無いような気がしてます。むしろ、自覚のないあまりのethnocentricity(民族中心主義という訳語は、どうも差別的なニュアンスがあるので。自民族の一本調子の価値観以外、目に入らない、存在を感知できない、という意味です)が、グローバル時代への適応の問題とか、摩擦を起こしてるような気が・・
        哲学・思想や文化人類学の面で、欧米のものを追うのではない、日本のことを研究して一般向けに情報を発信する人が、もっと出てきたら良いような気がしてます。

        >日本は「戦前」の人材のおかげで再び戦禍を被ることなく経済成長を成し遂げましたが、「戦後」の人材のせいで凋落しようとしていると言えるかも知れません。<
        そのようですね。私は若い人に期待してます。

    • 仕事用のサーバーがとんでしまって、今度はその復旧に追われています。(T^T) 返信はあと1、2日お待ち頂ければ…

    • 出エジプト以降、ユダヤの民はカナンの地に至るまで国を持たない民族でしたから、強力な規範なしに民族としてのアイデンティを維持することはできなかったと思われます。有名なエリコの壁の逸話などはユダヤ民族によるカナン侵略を表しているとする説もあり、平和裡に移住が行われたとも思えません。古イスラエル建国以後も戦争続きですから、民族の糾合は最上位課題であり、そのために一夫一婦制も厳格化し、処女でない未婚女、姦通した男女、同性愛を死刑とする律法ができあがったのでしょう。バビロン捕囚もありましたしね。一夫一婦制は男にしか課されていなかった兵役の義務の見返りだったので、状況が厳しくなればなるほど律法も厳格になっていきました (女性にも兵役の義務がある現代イスラエルはどう折り合いをつけているのでしょうね?)。ユダヤ教の律法は後に形式化してしまい、イエスによるパリサイ派への批判へ繋がるわけですが、原キリスト教では批判しただけあって規範はより厳格化していました。それから2000年経って随分変質してしまったものの、規範自体は脈々と受け継がれているわけです。

      >手元に実際の本が無いので、記憶違いなのかもしれませんが、…
      「サンダカン八番娼館」は失念していました。そうですね。仰る通りだと思います。

      >家族のために志願して娼婦になって、送金して家族を支えたあげく、…
      このあたりは、いわゆる従軍慰安婦の方々が直面したのと同じ問題を抱えていますね。性風俗での従事は一般に考えられているよりは重労働で、二十歳くらいの頃は体力がありますから自覚しなくても、年々辛さが増すと従事者の一人は言っています。小林よしのりは股開いてるだけで食事しながらやらせてたみたいな情景を絵にしていますが、嘘ではないものの決して全てではないミスリードの危うさを孕んでいます。それはともかく、そんな思いをして家族を食べさせてたのに、帰ってみれば厳しい蔑視が待っていたのではやりきれないというものではないでしょう。儒教倫理に反していることは本人が一番自覚しているだけになおさらです。

      >なぜなんでしょうね?おっしゃるように、自分は違うと思ってるんでしょうかね?…
      バターンの死の行進については、当然のように受け取った日本人はいなかったと思うのですが… 当時は知らされていなかったために感想を持ちようがなかったのではないでしょうか。徒歩で炎天下を88キロ歩かせたのは、日本軍ではそれが常識だったからとしか言いようがありません。実際、日本軍の移動はすべて徒歩が基本でした。そのため、日本軍は今の自衛隊だとレンジャー部隊が行うような厳しい訓練を日常的にしていたので、手ぶらで歩くことなど造作もないと考えたのかも知れません。ところが、米軍では車両を使用するのが常識だったので、歩かせたこと自体が虐待になったわけです。もちろん実際の暴力による虐待もあったので、何の言い訳にもならないのですが、これを大本営の命令と偽って強要した将校に対して抵抗した士官も多数いたわけで、今の私たちが思うほど虐待を当然と思っていたわけではありません。
      一方、フェミニストが自国の慰安婦たちに働きかけないのは、1) 過去やった人がいたけど当の慰安婦に拒否された。2) 名乗り出て賠償を請求するなど恥の上塗りとなる行為は慎めと言う圧力が周りから慰安婦に対してかかっていたため、働きかける相手を見つけ出せなかった。3) 日本人だと政府が金を出さないので活動実績にならないため無視している。くらいしか思いつきません。検索しても 1) に該当する情報があるページは全くヒットしませんし、昔多少調べたことがあるのですが、個人が少しばかり調査したくらいの範囲では見つかりませんでした。もし情報をお持ちの方がいらしたらぜひお寄せください。2) についてはありそうですが、「証言記録 従軍慰安婦・看護婦 戦場に生きた女の慟哭」(広田和子著 人物往来社 一九七五年刊)という本が出版されており、本気で探せば見つかったことがわかります。その本の内容については読んだことがないので、論評できませんが、インターネットで検索すればその他の情報もたくさん出てきます。となると、私がどう考えているかはお察し頂けるかと。

      >とは言っても、先の大戦は、虚脱するほどのひどい体験だったので、…
      少なくとも戦争を成年で迎えた世代は何でもかんでも軍の責任みたいな言い方はしてなかったと思いますよ。これは明らかに日教組による教育とマスコミ報道の弊害ですね。戦争を他人事、悪人の仕業と教育し続けてきたために、断絶が起きているのです。今の中心世代にとって戦争は完全に自分とは関係のない世界の話なんですよ。って覚えがありません? 私も子供の頃はそうでしたし、正直今でもその点は自信がありません。実はこの点ではサヨクも右翼も同罪です。軍が悪いの一言で戦争に関するきちんとした総括を逃げたのです。この点では功罪色々取りざたされているものの昭和天皇が一貫した態度であったのと好対比でもあります。

      >にしても体育会系のしごきとか、会社によっては新人研修という名目で、…
      総括なしにイケイケどんどんで来たツケがここに来て噴出していると私は見ています。昔からあったと言えばあったのですが、今のように悪辣なやり方が大手を振って闊歩しているようなことはなかったんです。韓国も同じですね。日本の政策が主要因であったとはいえ、李朝の退廃と腐敗が日韓併合という事態を招いたのもまた事実です。それを反日にすり替えてしまったために問題がそのまま残ってしまったのです。

      >ところで、在日問題は日本における難民・移民問題ではないでしょうか。…
      仰る通り、根本には難民問題があります。実際、在日韓国人の一世には朝鮮戦争の動乱や済州島四・三事件の難を逃れて日本に密航してきた人たちが非常に多くいたことが明らかになっており、大阪界隈で生活保護を受けている在日韓国人はその子孫が中心です。自ら進んで移住してきた移民よりも、難民が他国になじむのは非常に難しいと言いますが、それを目の当たりにしている状況です。まあだからと言って難民だから何をやってもいいという理屈は成り立たないのですが。

      >朝鮮民族を日本に受け入れて、複数民族国家になれば良いと思うのですが。…
      理想を言えばその通りなのですが、現実のところ、韓国人、朝鮮人を受け入れたはいいものの、帰化するでもなく帰国するでもなく、しかし国民と同じ権利だけは欲しがることが常態化してしまっており、ここを何とかしないことには前に進みようがないでしょう。それに韓国が口を差し挟むものですから、なおさら容易な事態ではなくなっています。また、警察庁は在日外国人の犯罪について差別を助長する恐れがあるとして非公開の方針を取っていますが、その事実自体が「差別を助長する恐れがあるほどひどいのだ」との憶測を呼んでいます。この憶測がありえそうだと人を納得させてしまう根拠のひとつに来日韓国人の犯罪率の高さがあります。詳しくは警察庁が発表した「来日外国人犯罪の検挙状況 (平成20年)」をご覧頂きたいのですが、刑法犯は、検挙件数も検挙人数もぶっちぎりトップの中国人に続いてブラジル人、韓国人、ベトナム人と続きます。ですので、現在の在日韓国人・朝鮮人に対する感情的反発は、一概に差別感情だけに由来するとは言い切れないのです。さらに悪いことに、北朝鮮に対して厳しい目が向けられている国際情勢の中で、総連が不透明な動きをしているため、余計に反発を招いています。実際問題、移民開放を進める政治家や実業家は、それを口実にテロで命を落とす覚悟が必要な状況にまでなっているのではないかと私は思っています。経団連会長は能天気な談話を公表していますが、度胸があるなあと感心するくらいです。

      >それをある点では日本国民より優遇するかわりに、…
      差別を理由に優遇すれば、優遇を理由に差別が温存されるという負のスパイラルですね。これで地方参政権を与えたら暴動ものです。民主党議員は輿論に無頓着なので何でも言いますが、少しは日本と韓国の未来を真面目に考えろよと常々思っています。

      >社会秩序を守る価値観は、主権国家として当然国民全体が共有して守り、…
      本当に仰る通りで、それが最低限の帰化の条件だと思うのですが。政治家が朝鮮学校無償化という名のもとにそれを積極的に破壊しようとしているのですから、無茶苦茶です。

      >ソ連、中共のような独裁政権は、…
      ソ連、中共の実態が明らかになったのは比較的最近で、夢のようなお話が真実として流通していた時代があったのです。進歩的文化人がソ連や中国を訪問して接待漬けに舞い上がり (もちろんハニートラップをしっかり仕掛けられ) 、散々マスコミともども吹聴していたのですから、騙されてしまったのはやむを得ない面もあることはあります。共産主義が全体主義に繋がるのはそれ自体に「完全な平等」という幻想が含まれているためでもあり、高等な指導者が愚民を導いて平等な世界を実現してあげるという選民思想が根っこにあるからでもあります。インテリゲンチャが共産思想と相容れるはずのない貴族から現れた理由がそこにあります。二・二六事件で若手将校が革命を指向したのも、60年、70年の安保闘争で東大を中心にした大学生が革命を指向したのも、エリート主導という根っこは同じです。「選ばれし者の恍惚と不安」に日夜心を砕いていたのでしょう。庶民は生きるのに精いっぱいで思想なんぞにかかずらわっている暇はありませんでしたし。マスコミと言えば余談ですが、朝日新聞が中国支局を維持するために中国当局の言いなりになっているのは有名ですね。そんな共産主義思想もさすがに今となって新たに信じる人間はいませんが、その残滓が国や企業の主導権を握る立場にいることが、確かに大きな問題です。首相にまでなってしまいましたし。

      >言語化されない、つまり自覚されていない「日本的価値観」というのがあって、…
      確かに。何もかもなくなってしまったは言い過ぎでした。本当にあらゆる価値観を喪失してしまったら人間は生きていけませんから、何か残っているのは確かです。それがグローバリズムと摩擦を起こしているというのも。

    • お返事をありがとうございます。
      中東のことは知らないのですが(独裁政権の国が多いので、中国人のようにうわべはにこやかで、如才なく人付き合いが上手みたいなのかと思っていたら、直截的にズバズバ自己主張しながら交渉する文化のようですね)、ユダヤ人と、ヨーロッパ人はギリシャ・ローマ時代の遺産とキリスト教を混ぜて、とても理詰めな人達ですね。彼らの規範は絶対者である神との対話から生まれ、相対的に物事を捉える日本人とは根本的に世界観が違うように感じています。

      よろしければ、また少し質問させてください。

      >これを大本営の命令と偽って強要した将校に対して抵抗した士官も多数いたわけで

      これはどうなのでしょうか?軍隊というのは統制が取れてなければ命をかけて戦えないので、士官が将校に逆らうということはまず、無いような気がするのですが。

      逆に捕虜になってしまうと、この統制がなくなってあっというまに混沌に陥り、捕虜収容所では単純な暴力支配によるリンチが横行していたそうですね。

      >「証言記録 従軍慰安婦・看護婦 戦場に生きた女の慟哭」
      新しいご本の紹介をありがとうございました。
      この本はネットで少し検索してみると、朝鮮人従軍慰安婦の訴えの反論として内容を紹介しているサイトに行き当たりました。借金を返すために娼婦になったのは事実でも、実際は逆にむしろ裕福なくらいの生活で、当時は幸せだったという体験談が紹介されていました。

      >少なくとも戦争を成年で迎えた世代は何でもかんでも軍の責任みたいな言い方はしてなかったと思いますよ。
      そうなのですか。この年代の人から直接戦争の話を聞いたことはありません。私の両親は終戦時子供だったのですが、軍国主義礼賛から、突然軍部の暴走が戦争の不幸を招いたに切り替わり、昨日と今日で言うことが正反対、「大人って何だろう?」と思ったそうです。日教組跋扈以前から、かなりキッカリ切り替わったようです。私や両親の回りには、当時のことを自分の思ったとおりに話すことのできる大人はいなかったようです。私は祖父母から、彼らの個人的生い立ちの話は聞いても、両親とは違って戦争の話を直接聞いたことはありません。父の話によれば、中国への侵略はあったというのが、実感のようです。

      日教組は社会解体を目指しているというのは、おっしゃる通りですね。

      >帰化するでもなく帰国するでもなく、しかし国民と同じ権利だけは欲しがることが常態化してしまっており、ここを何とかしないことには前に進みようがないでしょう。
      法改正して実行すればいいだけだと思うのですが、それがままならないのは、日本が法治国家で無い証明のように感じています。

      >警察庁は在日外国人の犯罪について差別を助長する恐れがあるとして非公開の方針を取っていますが、その事実自体が「差別を助長する恐れがあるほどひどいのだ」との憶測を呼んでいます。
      事実の隠蔽。一般民は真実を受け止められないという判断ですね。集団ヒステリーに発展するだけで、キチンとルールを定めて遵守して秩序を保つことはできないと行政は考えているわけですね。憶測の方がさらに悪い結果を招くような気もするのですが。これも法整備して、淡々と実行し、差別にも厳しく罰則を設け、公平にすれば良いだけではないでしょうか。法治だけが、平和に異文化出身者をまじえてできる秩序維持の実践だと思うのです。
      この点がクリアできないかぎりは、夢にも移民なんて考えない方が良いと思っています。ハイエンドの人材獲得は国際社会ですでに激戦だそうですが、そういうリーダー格の外国人を明確なルール無しに受け入れたら、それこそ国が乗っ取られちゃうんじゃないでしょうか?
      といいつつ企業は生き残りを賭けて、すでに国際的人材獲得に乗り出しているそうですから、政治が何かする前に、実生活の上でなし崩しに進んで行くのでしょうね。国の発展・成長について長期計画もなく、突然大きな問題が起きた時にあわてて何かしなければということになってしまうのかもしれません。
      結局今の若い人が苦労して、将来何とかすることになるんでしょう。就職氷河期や、社会の変わり目に行き合わせて、人生に敷かれたレールなどない若者は、柔軟性を持たざるを得ず、現実的に事を解決する手段を学び、つかえている上の世代が死に絶えれば、うまく対処して回って行くんですよ、きっと。

    • >これはどうなのでしょうか?軍隊というのは…
      旧日本軍では抗命権が明確に定められていたわけではありませんが、具体的な事例は多く報告されています。もちろん抗命罪で営巣入りや場合によっては死刑になる可能性があったわけですが、戦前の軍の統制は士官以上に関して言えば、現在考えられているほど命令絶対ではなく、そのためにしばしば現場の暴走を許していました。実際、当時は現在のように戦闘中でもリアルタイムで連絡がつくなどということはありえなかったわけで、士官に独断裁量権を与えないと作戦の遂行すら危うかったという事情もあります。
      最も有名な抗命事件は、インパール作戦において伊31師団長佐藤中将が軍司令部の命令を無視して師団を撤退させた事件ですね。さすがに将官の抗命はこれが初めてであったことと、影響の大きさからか処分は有耶無耶になってしまいましたが。独断専行という意味では、満州事変以来、陸軍のお家芸と化した面もあったくらいですから、統制といってもそれは弱かったのだと思います。何より、2.26事件が統制派と皇道派の権力争いであったように、しばしば統制の取れない事態が陸軍では頻発しており、上層部は対応に苦慮しています。
      なお、下士官以下の抗命は即座にリンチまたは軍法会議行きでしたから、そのような印象を持たれるのも無理からぬことと思います。

      >そうなのですか。この年代の人から直接戦争の話を聞いたことはありません。…
      ほとんどお亡くなりになっていますからやむをえません。私の両親も終戦時は子供でした。当時士官クラスだった方の多くは敗戦の責任を感じて口を閉ざしていましたが、下士官や兵卒だった方も軍のあり方には疑問を持っていても、戦争の責任を一方的に軍に着せる人はあまりいませんでしたよ。個人的な経験では、中国に手を出したのが間違いの元だったという方が多かったと思います。

      >法改正して実行すればいいだけだと思うのですが、それがままならないのは、…
      そうなんですよね。それがなんと難しいことか…現在の在日コリアンの地位は法律で定められているので、もちろんそれを改正するなり廃止するなりすればよいだけなのですが、さて、民主党に限らず、コリアンマネーに毒されていない政治家がどれほどいるか…

      >法治だけが、平和に異文化出身者をまじえてできる秩序維持の実践だと思うのです。…
      これも仰る通りで、同時に最も公平であると思うのですが、現状に馴れてしまった人たちはそうは思わないようです。

      >この点がクリアできないかぎりは、夢にも移民なんて考えない方が良いと思っています。…
      同感です。移民待望論は企業経営者から出ているのですが、彼らは社会コストを自分の会社が支払うことなどこれっぽっちも考えていません。また、国外の優秀な人材の確保は、実際のところは今に始まった話ではなく、日本企業は何度となくチャレンジして、失敗し続けているんです。そりゃまあ現状の非生産的な労働環境が日本以外で受け入れられるはずもありませんから。海外に子会社を作って成功しているところは、労働慣行をちゃんと変えてるんですよ。
      にも関わらず、今になって急に言い出したのは、他に理由があるんだと思います。たとえば、日本人の正社員を極限まで減らして固定人件費をカットするためとか。今の日本の法律ではなかなかクビにできないですからね。中小企業以下はそうでもないですが。

      >結局今の若い人が苦労して、将来何とかすることになるんでしょう。…
      国が衰退するもととなるので、将来にツケを回したくないのですが、そうなってしまうでしょうか、やはり…

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