• 日本の古代史を考える—⑯九州王朝について補足

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    九州王朝について補足しておきます。

    1. 北九州は大陸、朝鮮半島に対する表玄関である。

      これは地図を見れば明らかですね。縄文時代より大陸、朝鮮半島から渡来人/帰化人がやってきて住み着いたとすれば、

      のいずれかのルートで到来したことは明白です。常に先進文明を真っ先に受容する地に日本最初の王権が登場したとして何の不思議があるでしょう。奈良の田舎に誕生したとする現在の学説の方がよほど奇異です。

    2. 古事記』『日本書紀』に九州の地名が頻出する。

      • ニニギノ命が天下った先は、「竺紫日向之高千穗」です。筑紫なんですね。しかもその地を愛でて、
        「於是詔之、此地者、向韓國、眞來通笠紗之御前而、朝日之直刺國、夕日之日照國也。故、此地甚吉地詔而、於底津石根宮柱布斗斯理、於高天原氷椽多迦斯理而坐也」
        と言うわけです。筑紫は韓国に面しているのだから当然ですが、朝日も夕日も照り映えるとあるところから、海岸に近いところだったことがわかります。で、そこに宮を建てて住んだわけです。
      • 次に神武天皇が東征に当たり、最初に移動したのは、豊後宇佐です。次に筑前の岡田の宮に一年います。何をしていたのでしょうね。
      • 仲哀天皇は「穴門之豐浦宮」と「筑紫訶志比宮」と二つの宮を営んでいます。なぜ大和ではなくそんなところで宮を営んだのでしょう。熊襲の国を討とうとしたということですが、天皇自ら?
      • 應神天皇は日向の髪長姫を娶っています。なぜ大和の天皇がそんな遠いところの姫を娶ったんでしょう。
      • 以上は『古事記』からですが、『日本書紀』にはもっと九州のことが出てきます。神代が特徴的ですが、他にも景行天皇の九州巡幸がありますね。これも熊襲を討とうとしたとありますが、天皇自ら?
      • 結論:近畿天皇王朝の祖が九州に住み、その孫である神武天皇も九州から出発して東征している。九州に強大な権力があったことが前提として予想される。
      • 歴史上、重要な神託は宇佐八幡宮よりもたらされている。

        道鏡事件』に限らず、古代において宇佐八幡宮が重視されていた。天照大神が祭られている伊勢神宮には明治に入るまで参拝どころか勅使が送られた形跡もない。

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