• 南京事件について – 反省

      0 comments

    ひょんなことから、以下のサイトの存在を知った。今更かよ、と思われても仕方ない。不勉強を恥じるばかりである。

    南京事件-日中戦争 小さな資料集

    事実がよく整理されており、必見のサイトである。よくある問題点も整理されており、南京事件の実在について丁寧に議論されている。思想の左右はあれども、諸氏はまずこのサイトを読んで、しかる後に事実に基づいて議論されたい。

    おいおい、お前さん、「歴史を捏造する中国と韓国」という記事で「まずは中華人民共和国。代表は「南京大虐殺」。私は、本多勝一『中国の旅』も読んだが、南京大虐殺に関する部分はすべて本人証言だけで構成されており、悪意を以て日本を貶めようとした書であると断定する。この本は中国の南京大虐殺プロパガンダの引き金となった本であり、これだけで朝日新聞社は日本国民に対して謝罪と賠償を行った上で、国際社会に対して弁明を行う責任があるが、知らん顔をしている。さすが、日本を第二次世界大戦へ大衆を煽り駆り立て戦意を高揚させておきながら、GHQ のお咎めを受けることを畏れて軍部に全責任をなすりつけた無責任新聞社だけある。」
    と論難してたじゃないか。とご批判があろう。粛々と受け入れる。

    当該記事はミスをごまかすことのないよう無修正でそのまま残す。ただし、『中国の旅』に関する評価は別に変えない。

    Post to Twitter Post to Digg Post to Facebook Post to LinkedIn Post to Reddit

  • 自民党依存症

      0 comments

    最近、自民党改憲案を腐してるツイートに突っ込んだら軽くバトルになってしまった。要は観念サヨク特有の「何が何でも自民は悪い」という聞き飽きた文句の繰り返しである。麻生財務大臣のナチ発言捏造など、マスゴミも売国政党民主党を大絶賛していた過去を正当化するために、いや、おそらくはそんなことなどけろりと忘れて、自民バッシングに余念が無い。マスゴミが腐っているのは戦前からだからもうどうしようもなく、立ち枯れさせてしまうしかないが、売国サヨクもひどさは勝るとも劣らずのレベルであることを再確認した。

    冒頭の彼は「自衛権など必要ない」などという時代錯誤な主張を大真面目に行っており、本質が売国奴であることを露呈しているが、与那国島石垣島の人たちが肌身で感じている危機を顧みようともしていない。国民を守るのは国家の義務なのだが、そんな離れ島の人々のことなどどうでもよいらしい。と思っていたら、


    あ、もしかしてこのツイートは捏造ではないか、とお疑いの方がいれば、スナップショットを取ってあるのでご覧の程を。上から五つ目のツイートが件の発言。

    つまり、憲法とは何なのか、何もわかっていない文字通りの無知だったわけだ。知らないのに知ったかぶりをして馬鹿をさらす。Twitter にはこういう人多いね。それにしても、憲法さんが国家さんに補償するんですって。まるでどっかの中国・韓国タカリ国家みたいですね。閑話休題。

    彼がその言動に反してサヨクですらないというのはある意味画期的である。彼はマルクスという名前は知っていてもエンゲルスは知らないだろう。フォイエルバッハに至ってはそれが何?ってところじゃないだろうか。レーニンが何をした人かも知らないだろう。毛沢東はさすがに知ってるだろうが、周恩来で既に怪しい。鄧小平天安門事件とともに忘れられてるかな。戦後、左翼というのは思想的に急進的なグループであり、時代の寵児であったことがある。尤もあさま山荘事件が暴露したように—それ以前にスターリン大粛正や、毛沢東文化大革命を知った後では当然の帰結であったと言うことができるのだが—彼らは観念論、建前論に終始し、現実の分析能力や対応能力が未熟なまま、過激で非現実的な主張を繰り返す路線をひた走った結果、人類が根源的に持つ攻撃性、つまり暴力に訴えて自己の正当性を担保しようとするまでに至った。気高く掲げた理想は灰となり、やがて忘れられてその攻撃性だけが残ると、こういう人間ができ上がるのだろう。今のマスゴミも同じである。

    かつての安保世代、つまり今の団塊の世代も、一応は理論的帰結として売国に走ったのだが、今はもう中国と韓国に奉仕するただの走狗に成り下がってしまっている。売国なら何でも良いという状態だ。だから自民党憲法改正案の何がいけないのか、どこを改善すべきかあるいは代替案は?と問われると黙ってしまう。その存在は、日本を貶めることのみに特化しており、批判は多々あるものの、曲がりなりにも日本を支えている自民党に反発することでしか自分を主張することができない。つまり、自民党に依存しないと存在意義すら確立できないのである。

    マスゴミは、海外に転信してまで麻生氏の発言をナチ擁護みたいに捏造して宣伝しまくってはしゃいでいるが、民主党政権下で、ほとんど政治的主張をしていなかったことを国民は忘れていない。大真面目に言論統制をした方が良いのではないかと考えたことがあるくらい、マスゴミのこの落差は激しい。彼らはもはや自民党なくして自分たちの政治主張もできなくなっているのである。これも自民党依存でなくて、何だというのであろう。

    どんな依存症も同じだが、依存対象が急に奪われると離脱症状が起きる。マスゴミ、民主党の場合は韓国との癒着、無軌道な売国行為、国民を遺棄して顧みない災害対応など、日本でなければとっくに暴動が起きて政権が倒される事態になることをやけくそになって実行していた。何のために政府があり、何のためにマスゴミの存在が許されているかを完全に忘却し、否定対象がなくなってしまったことで暴走した精神活動のままに日本を傷つけ続けた。のごときは「俺に決めさせる!」なとどなったという。首相が決断しなければ誰が決断するのだ。批判を恐れて責任回避に汲々とする姿は、無能がトップに立つと国家に何が起きるかを国民に知らしめた。

    ところが自民党が政権に復帰すると、まるで何事もなかったかのように両者とも以前の続きを始めている。依存対象が供給されて、離脱症状が治まったからである。だが、依存症患者に再度依存対象を与えるとどうなるかは誰もが知っている。症状はさらに悪化し、患者の組織を破壊し、やがて死を迎えさせる。これを手放しで喜ぶことはできない。患者は断末魔の苦しみから逃れるために何をしでかすかわからない状態になるからである。もとから乏しかった倫理観は完全に喪失され、正気を失った患者は犯罪だろうが何だろうが手を出すようになる。その犠牲になるのは罪のない国民である。

    少なくとも、冒頭で挙げたような無知サヨクやプロ市民団体という連中、民主党に代表されるような売国、反日活動を公然とあるいは隠れて行う連中に対する監視を怠らないようにしなくてはならない。自分の子供が可愛いなら、自分の身内が幸せでいられることを望むなら、もはや破壊衝動しか残っていない深刻な「自民党依存症」患者を放置することはできないのである。アル中薬中が最期に周りをどれだけ不幸のどん底にまで落とし込むか、話を聞いたことがある人も多いだろう。「自民党依存症」患者も同じである。何をするかわからない。どんな悲惨な目に巻き込まれるかも知れない。国民の一人一人が、そうなる前に相手にとびかかって体を押さえ込み、無謀なことをさせないよう、その用意だけはしておかなくてはならない。

    今までのように放置してはいけないのである。それは最悪の選択だ。

    Post to Twitter Post to Digg Post to Facebook Post to LinkedIn Post to Reddit

  • マスコミは責任を取らない

      0 comments

    非常に興味深い論考がアゴラに投稿されていたので、ぜひみなさんにも読んでいただきたい。以下に各記事に対するリンクを掲載します。


    「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと (1/5)


    「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと (2/5)


    「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと (3/5)


    「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと (4/5)


    「百人斬り競争」事件について日本人が知らなければならない「本当」のこと (5/5)

    戦前、新聞各社がこぞって戦意を煽り、国民を戦争へ向けて動かした事実はなくなりません。しかし彼らはそれに対して一片の反省記事も書いていません。敗戦のどさくさで頬被りしたまま、今日まで来ています。かつて、椿事件でマスコミが輿論を誘導する悪辣さと傲慢さが話題になりました。マスコミは一部を除いて、ごく一部の偏った思想を持つ人間が影響力を行使したかのように犯人を一斉に擁護しましたが、そんなわけはありません。こうした例は枚挙にいとまがないのです。戦前にも大阪朝日新聞の主筆が時の総理大臣を引きずり下ろしてやると宣言して猛攻撃を行い、ついには総辞職へと追い込んだことがあります。当時、大商社だった鈴木商店米騒動の折りに米を買い占めた悪徳業者であるとする事実無根の捏造キャンペーンを張り、民衆が鈴木商店を襲撃するよう誘導したこともあります。それでいて自分たちが不利益を被りそうだと、報道の自由を盾に猛反発するのです。白虹事件など私に言わせれば自業自得ですが、それをあたかも日本の危機かのごとく未だに宣伝して回っている様は醜悪を通り越して滑稽ですらあります。自己の利益、偏狭な思想のためなら国益や国民のことなどどうでもよいのが、この国のマスコミであり、それが体質として骨の髄までしみ込んでいるのです。反省などどこ吹く風で、妄言を書き捨てて恬として恥じない。それが昔から一貫して変わっていないことをこの論考は我々に教えてくれます。

    Post to Twitter Post to Digg Post to Facebook Post to LinkedIn Post to Reddit

Top